俺より何倍もいいもの食ってたんだな。今日はイオンでカップ麺が特売だ買いに行こう。
これは貴族ですわ
あの当時の酒って糖度がめちゃ高くて 藤原道長が糖尿病になったという話もあるな 蘇蜜とかも食い過ぎるとやばい チーズバカ食いしているようなもんだし
晩酌してやがるw
当時の半島の食い物に比べれば・・・・
むしろこんなの食ってたせいで栄養偏って早死にしてるんだけどな
最初の絵は室町か安土時代ぐらいだろう?
仕方ないだろうが、野菜が少ないな こんなんで白米食べてたらそりゃ脚気になるわ
硬い食い物多いからアゴ疲れるとか聞いた
しょうゆも唐辛子もない時代で、味付けはほぼ塩か味噌 素材がいくら旨くても無理
デザートでわろたww
>>16110 素材がウマけりゃ塩やミソで充分だよ しょうゆはともかく唐辛子がないって何?
蒸しアワビは無くてはいけないものだったのか?
平安貴族は庶民より早死だよ 今の食生活より更に塩分が多いから
当時米とか酒とかをしこたま食べれるのは裕福そうのみだったから、 下ぶくれでぽっちゃり=美人っていう価値観だったんだよねぇ。確か。。
平安時代くらいだとしょう油がないんだよな
平安貴族の女性は平均寿命が30歳に満たなかったからなあ 男性でも50いってなかったし (女性のが早死になのは出歩かないので運動しないのと、化粧が毒だったから)
今でも通用しそうだな
固くて顎は疲れるし消化は悪いし って聞いた
庶民はどうやってタンパク質採ってんだよ… 平安の貴族料理はそのまま再現したら危険すぎて食べられないって テレビで昔言ってたな。輸送途中で腐ってるのあったりして
あの時代内陸で鯛なんて食えるの?
一枚目の画像が全然平安時代の貴族に見えないんだが・・・
一枚目どう見ても武士なんだが
みためはいいけど、見た目重視で味なんてあってないようなもんだったんだって。 味付けには酢をつけて食べてたとか。 貴族の食べ物は 見た目>>越えられない壁>>味 なのは洋の東西とわずなんだなぁ ヨーロッパではかっこいいからってクジャク食ってたそうな
芋粥くいてぇ
同じような資料集に載ってた鎌倉武士の飯がうまそうだった 玄米にいわし、濃い赤味噌汁だったかな
そもそもなんで平安貴族が月代を剃ったまげを結ってるのかと。
いかんいかんヨダレがwww 母ちゃんが置いてくれた玄米、今度炊いてみよっと 具材少なめの味噌汁とほうれん草のおひたしも添えて
鎌倉武士は海が近いから割と魚食ってる、鰹(勝つ男)とか
最初の画像だけど… 狭い場所で食事してるのだな、しかも部屋の隅っこで いろんな人間にかしずかれているイメージがあったのだが
この頃の食事は味が単調だわ、栄養が偏ってるわ、兎も角量が多いわで貴族は先ず太らないといけないから食べるのも仕事のようなものだったみたい。
※16153 大食いだから量が多いのはありがたいが太らないといけないのは無理だ・・・食っても食っても すぐう○こになって出てきやがる
1枚目は平安後期~室町時代の武家の食事風景でしょ
芋粥の話あるよね、あまづらで味をつけた、山芋のお汁粉みたいな? あれ甘茶とヤマトイモで再現できるかな。 醤油は無くても味噌があるなら上澄みの溜まりはあるはず。 梅酢も、魚に合う煎り酒もある。
・蘇(チーズに似たもの) ・デザート デザートには適切な言葉はないの?
うろ覚えだが、確か平安時代は仏教が流行っていたから 貴族の食事は質素っていうか、基本素材の味のみで、 食べる時に塩とか、酒を加工した調味料的なもので味付けしてたんじゃなかったかな
下流貴族が果汁しぼったかき氷食ってる時点で質素好みはありえない 清少納言が坊主はイケメンに限るとか堂々とほざいてるし、仏教は流行っていても戒律方面の話じゃないと思う
坊主は坊主で般若湯だとか言って酒飲んで贅沢してたんじゃね
これで糖尿病(飲水病)になたって言うんだから、よっぽど酒と菓子を食ったんだろうか
味付け塩しかなさそうだし肉と野菜が全然食えないし、俺はオリジン弁当でいいやw
下膨れ美人の中には、塩分の摂り過ぎによる高血圧や、糖分の摂り過ぎによる糖尿病で 浮腫んでいるだけの人達も多かったんだろうな
食べ物に関して現代に勝てる部分は無いんだけど、なんか器とか憧れるなあ。
※16243 当時の酒は甘酒にアルコールが少し入ったようなもの 酔おうと思うと物凄い飲まないといけない
暴飲暴食でメタボになった貴族が医者に「太りにくい(ご飯の)水漬けや湯漬けを食え」と言われて 今度はなれ寿司や漬物をおかずに水漬けや湯漬けを食いまくって医者がさじ投げたって話が残ってるな
今は低取得者でもそれなりにうまいもん食えるんだからありがたいよなぁ コンビニのもので満足できる舌だから食に関しては惨めな思いしたことないわ
平安時代だと、現代的な意味では味噌も醤油もトウガラシも胡椒も、それどころか油すらまともにないぞ。 魚は川魚か干し魚だし、野菜も米も野草に近いシロモノ。果物は渋みや酸味が強いこれも野生に近い物。 柿ですら甘柿は多分無い。つまり干し柿のみ。 現代人じゃどれもこれも食えたシロモンじゃない。 勘違いしてる人間が多いが、野菜も米も、さらに言えば麦なんかが今のような綺麗な粉に引けるようになったのは江戸だぞ。 果物にいたっては20世紀になってからだ。
刑務所の食事みたいに質素 西洋やアラブの王侯貴族にこんなものを出したらその場で処刑されるレベル
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この記事へのコメント(47)
俺より何倍もいいもの食ってたんだな。今日はイオンでカップ麺が特売だ買いに行こう。
これは貴族ですわ
あの当時の酒って糖度がめちゃ高くて
藤原道長が糖尿病になったという話もあるな
蘇蜜とかも食い過ぎるとやばい チーズバカ食いしているようなもんだし
晩酌してやがるw
当時の半島の食い物に比べれば・・・・
むしろこんなの食ってたせいで栄養偏って早死にしてるんだけどな
最初の絵は室町か安土時代ぐらいだろう?
仕方ないだろうが、野菜が少ないな
こんなんで白米食べてたらそりゃ脚気になるわ
硬い食い物多いからアゴ疲れるとか聞いた
しょうゆも唐辛子もない時代で、味付けはほぼ塩か味噌
素材がいくら旨くても無理
デザートでわろたww
>>16110
素材がウマけりゃ塩やミソで充分だよ
しょうゆはともかく唐辛子がないって何?
蒸しアワビは無くてはいけないものだったのか?
平安貴族は庶民より早死だよ
今の食生活より更に塩分が多いから
当時米とか酒とかをしこたま食べれるのは裕福そうのみだったから、
下ぶくれでぽっちゃり=美人っていう価値観だったんだよねぇ。確か。。
平安時代くらいだとしょう油がないんだよな
平安貴族の女性は平均寿命が30歳に満たなかったからなあ
男性でも50いってなかったし
(女性のが早死になのは出歩かないので運動しないのと、化粧が毒だったから)
今でも通用しそうだな
固くて顎は疲れるし消化は悪いし って聞いた
庶民はどうやってタンパク質採ってんだよ…
平安の貴族料理はそのまま再現したら危険すぎて食べられないって
テレビで昔言ってたな。輸送途中で腐ってるのあったりして
あの時代内陸で鯛なんて食えるの?
一枚目の画像が全然平安時代の貴族に見えないんだが・・・
一枚目どう見ても武士なんだが
みためはいいけど、見た目重視で味なんてあってないようなもんだったんだって。
味付けには酢をつけて食べてたとか。
貴族の食べ物は 見た目>>越えられない壁>>味 なのは洋の東西とわずなんだなぁ
ヨーロッパではかっこいいからってクジャク食ってたそうな
芋粥くいてぇ
同じような資料集に載ってた鎌倉武士の飯がうまそうだった
玄米にいわし、濃い赤味噌汁だったかな
そもそもなんで平安貴族が月代を剃ったまげを結ってるのかと。
いかんいかんヨダレがwww
母ちゃんが置いてくれた玄米、今度炊いてみよっと
具材少なめの味噌汁とほうれん草のおひたしも添えて
鎌倉武士は海が近いから割と魚食ってる、鰹(勝つ男)とか
最初の画像だけど…
狭い場所で食事してるのだな、しかも部屋の隅っこで
いろんな人間にかしずかれているイメージがあったのだが
この頃の食事は味が単調だわ、栄養が偏ってるわ、兎も角量が多いわで貴族は先ず太らないといけないから食べるのも仕事のようなものだったみたい。
※16153 大食いだから量が多いのはありがたいが太らないといけないのは無理だ・・・食っても食っても
すぐう○こになって出てきやがる
1枚目は平安後期~室町時代の武家の食事風景でしょ
芋粥の話あるよね、あまづらで味をつけた、山芋のお汁粉みたいな?
あれ甘茶とヤマトイモで再現できるかな。
醤油は無くても味噌があるなら上澄みの溜まりはあるはず。
梅酢も、魚に合う煎り酒もある。
・蘇(チーズに似たもの)
・デザート
デザートには適切な言葉はないの?
うろ覚えだが、確か平安時代は仏教が流行っていたから
貴族の食事は質素っていうか、基本素材の味のみで、
食べる時に塩とか、酒を加工した調味料的なもので味付けしてたんじゃなかったかな
下流貴族が果汁しぼったかき氷食ってる時点で質素好みはありえない
清少納言が坊主はイケメンに限るとか堂々とほざいてるし、仏教は流行っていても戒律方面の話じゃないと思う
坊主は坊主で般若湯だとか言って酒飲んで贅沢してたんじゃね
これで糖尿病(飲水病)になたって言うんだから、よっぽど酒と菓子を食ったんだろうか
味付け塩しかなさそうだし肉と野菜が全然食えないし、俺はオリジン弁当でいいやw
下膨れ美人の中には、塩分の摂り過ぎによる高血圧や、糖分の摂り過ぎによる糖尿病で
浮腫んでいるだけの人達も多かったんだろうな
食べ物に関して現代に勝てる部分は無いんだけど、なんか器とか憧れるなあ。
※16243
当時の酒は甘酒にアルコールが少し入ったようなもの
酔おうと思うと物凄い飲まないといけない
暴飲暴食でメタボになった貴族が医者に「太りにくい(ご飯の)水漬けや湯漬けを食え」と言われて
今度はなれ寿司や漬物をおかずに水漬けや湯漬けを食いまくって医者がさじ投げたって話が残ってるな
今は低取得者でもそれなりにうまいもん食えるんだからありがたいよなぁ
コンビニのもので満足できる舌だから食に関しては惨めな思いしたことないわ
平安時代だと、現代的な意味では味噌も醤油もトウガラシも胡椒も、それどころか油すらまともにないぞ。
魚は川魚か干し魚だし、野菜も米も野草に近いシロモノ。果物は渋みや酸味が強いこれも野生に近い物。
柿ですら甘柿は多分無い。つまり干し柿のみ。
現代人じゃどれもこれも食えたシロモンじゃない。
勘違いしてる人間が多いが、野菜も米も、さらに言えば麦なんかが今のような綺麗な粉に引けるようになったのは江戸だぞ。
果物にいたっては20世紀になってからだ。
刑務所の食事みたいに質素
西洋やアラブの王侯貴族にこんなものを出したらその場で処刑されるレベル